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佐渡芸能の歴史

つぶろさし解説:山本修巳  
(郷土史家、佐渡市文化財保護審議会会長、「佐渡郷土文化」主宰)

佐渡の大神楽舞楽は、佐渡では一般に「つぶろさし」と呼ばれ、男根のことを指します。性的しぐさで五穀豊穣を予祝するものです。4集落のつぶろさしが昭和52年に、新潟県無形民俗文化財に指定されています。

羽茂寺田集落


中世末頃羽茂城の茶坊主(葛西三四郎)が京都(祇園社)で習い、地方の羽茂祇園社と言われる八王子天王を祀る草刈神社に奉納したと言われています。
現在は、6月15日の菅原神社の例祭に奉納されています。上演の主な役は、つぶろさし(桐製約75センチメートルの大根を持つ)、ささらすり(おかめの面を付け、竹のササラ擦り棒を持つ小柄な女役)。銭太鼓(手に銭太鼓と呼ばれる小銭をつるしたものを持ち麻の袋で顔を隠す肉体美の醜せ役)からなります。

笛と太鼓の演奏で始まり、つぶろさし、ささらすり、銭太鼓が登場しゆっくりと舞うと、演奏が止み、獅子が鈴を振りながら出てきて頭を地につけて伏します。
そこに幣束を持った神主が出てきて、幣束を獅子の頭に置き「お先は伊勢神明天照皇太神宮、お後はベズリベズリ弁戝天のご開帳。ハンヤお獅子が起きます」と祝詞を唱えると、獅子は眠いような様子で起き上がり2、3回、口をあけて去ります。
その後は、笛、太鼓がテンポを早め、これに合わせ、つぶろさし、ささらすり、銭太鼓の乱舞が始まり、シャギリという楽器で最高潮に達し、納めの楽で静かに終わります。
踊りの見方は、いろいろありますが、三角関係と見るのが一般的です。

羽茂村山集落


文禄年間(1592~1596年)、京都の八坂神社の祇園祭を榊原藤七が見物して地元に伝えたと言われていおり、毎年6月15日の草刈神社の祭礼に奉納されます。

主役は大きな男根を股にはさんだ、つぶろさしで、女面を被るささらすりとの性的姿態が中心で、初めに青鬼と赤鬼の舞が行われたあと。太鼓と笛などの演奏にあわせ、つぶろさしとささらすりが乱舞します。

小木町宿根木新田集落


チトチントンと呼ばれ、10月15日の十上神社の例祭に奉納されます。
宿根木新田は和船のころ活況を呈した集落で、和船で長州(山口県)角島の難所を通る際に航海の安全を祈って船員が船玉明神に舞を奉納したのを契機に、十山神社に奉納するようになったと言われています。
棒を持つ青鬼とまさかり赤鬼が警護するなかで、男根を股にはさむチトチンとささらを持つトンが、太鼓と笛にあわせて舞います。
途中、チトチンが男根を落とし、トンがささらの音で男根のありかを示すしぐさが中心です。
明治ころまでは盛んに舞われていましたが、途絶え、昭和46年に復活しました。

小木町上野集落


昔、京都から習ったと伝えられていて、大々神楽と呼ばれています。8月29日(現在は、小木祭りに合わせ日程が変わります)、諏訪神社に奉納されたあと集落内を門付けします。

神楽は頭と尾に二人が入った獅子、警固とよばれるささら二人、銭太鼓二人、男根を持ち男面をつけたつぶろ、演奏の太鼓と笛で構成されます。警固役が獅子の前で「ヤーハンヤ ヤーハンヤ」の掛け声とともに舞ったあと、伏した獅子に向かって「お先は伊勢神明天照皇太神宮、お後はベズリベズリ弁戝天のご開帳」と祝詞を唱えると、獅子が起き上がり、つぶろが誘導しながら、家の玄関へと導きます。このつぶろは他の集落のものとは違って主で舞うことはありません。

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