芸能さど DEEP ARCHIVE

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お父さん(旦那さん)と国見荘っていう旅館をやりながら、私の名前から字をとった「新栄座」という文弥人形の芝居を旅館で披露してきた。
外国のお客さんにはとても喜ばれてね。
文化庁の文化交流で、フランス、イタリア、オランダにも公演に行った。
向こうのお客さんは幕間に日本人みたいにべちゃくちゃ喋ったりしないで静かにしてるしお芝居をよく見てくれるから、とても緊張した。
楽しいっていうより、旅館をやりながらだから、台本を読めるのは寝る前になってからで、眠いのに一生懸命覚えるのが大変だった。
70歳でも、役になるには、18歳のお姫様の心にならなきゃいけないからね。
人形は5キロもあって、1時間以上芝居するでしょ。重労働よ。

「新栄座」文弥人形師
本多栄 さん(昭和18年生まれ)

末武 流 さん
19歳から稲荷町に伝わる小獅子舞に参加し舞手を務める。
小さいころから小獅子舞を見て育ったし、父親も舞手だったことから自然と後を継ぐかたちで保存会に入った。
稲荷町の小獅子舞は、島内の小獅子舞の中で一番速い動きのため、頭に獅子頭をのせて舞うのは、はじめはバランスをとるのが難しかった。
笛を吹く人や歌い手、サポート役など大勢の人たちと、ひとつになって舞うことができるのが魅力。
小木まつりの芸能の中でも注目度が高いので、きちんと舞うよう心がけている。

「稲荷町の小獅子舞」小獅子役
末武 流 さん(平成5年生まれ)

春日麻弓 さん
知り合いに誘われて見に来た佐渡市春日の祭りで鬼太鼓を見て勇壮な鬼の舞に魅かれ自分もやってみたくなり、この集落に移住しました。
佐渡の鬼太鼓は、神事芸能のため基本、女性が関わることができない集落が多い中、この集落では、やる気があれば女性でもウエルカム。最近では外国人も受け入れ、海外との交流も行っていて懐の深さを感じます。
鬼の舞は、腰を低く落とした姿勢から激しい動きまであり正直きついですが、指先までしっかり気を配って舞うように心がけています。
鬼太鼓は、単に祭り当日だけのものではなく、体をつくるために祭りにむけて一ケ月前から、仕事を終えた夜にみんなで集まって稽古をしますが、そこで集落の人たちとの絆が深まっていくのを感じています。
祭りの日に一日かけて、集落の家々を門付けしてまわると、いろんな料理を作ってもてなしてくれるのも楽しみのひとつです。

「春日まつり」春日鬼組 鬼太鼓
春日麻弓 さん(昭和50年生まれ)

28歳ころ佐渡にUターンしたのをきっかけに地元に伝わる歌舞伎を父親がやっていたのもあり始めました。これまで、裏方から始まり役者、演出、太夫までほとんどの役にたずさわってきました。中でも思い出に残るのは、父親と自分、息子の三代で舞台に立ったことです。片野尾小学校があったころは子供歌舞伎もあったのですが、少子化で無くなってしまって残念です。
片野尾歌舞伎は集落のほとんどの人が関わり舞台作りから衣装作り、メイクまで自分たちの手でおこなっているのが魅力です。集落の人口は減少していますが、この歌舞伎を後世に伝えていくことが自分たちの役目だと思っています。

片野尾歌舞伎保存会
三国屋 洋一 さん(昭和35年生まれ)

曽我学 さん
お父さんが鬼太鼓をやっていたことから小学校のころから鬼太鼓に参加してきた。
この集落の鬼太鼓は、太鼓、鬼、豆まきがあるが、すべてこなす。
仕事の関係で新潟市に住んでいるが、祭りが近くなると毎週末、地元に帰ってきて仲間といっしょに稽古をしている。特に鬼役は、一日中、舞わなければいけないのでしっかりと稽古をして体をつくっておかないと最後まで勤められない。
集落の鬼太鼓は、人手不足などで一度途絶えているので、今後そうならないように守り伝えていく一人になりたい。

「吉岡まつり」鬼太鼓
曽我学 さん(昭和58年生まれ)

池和益 さん
中学2年生のころに鬼太鼓の鬼の踊手として鬼太鼓若衆に入る。もともと祭りの時に集落に響きたる太鼓がかっこいいと、いつか自分も叩きたいとあこがれていた。太鼓は、基本のリズムに加えて上手な人は、ちゃりという小さくたたくリズムをところどころに織り交ぜて、独自の演奏をする。もちろん鬼の舞を見ながらあわせていくが、自分勝手に叩いてはいけない。そこが魅力で奥が深いと池は話す。
平成30年春に地元の高校を卒業して県外の大学に進学したが、祭りの日には島に帰ってきて太鼓を叩きたいと、自分の太鼓のバチを持っていった。都会にいても春祭りの数日前になると胸がおどり、雑誌を束ねて太鼓代わりにして練習をしている。

「河崎まつり」裏太鼓
池和益 さん(平成11年生まれ)

祭りに関しては、代々伝わっているものを守り伝えるという使命感でやっています。昭和の中頃までは、長男しか祭りに参加することはできませんでした。人口減少と高齢化で、今はそんなことを言っておられず、子供や女性も加わってもらっています。時には、集落外の人の手も借りるなどして祭は賑やかにやること大事かと。これからも伝統を守りながらも変えるところは変えていくことが必要だと思います。

徳和まつり「諏訪神楽」鬼太鼓
信田秀樹 さん(若手組(笑))

坂野要 さん
獅子舞は、一度途絶えて15年ほど前に復活したので、それまでの映像や資料等がなく、人伝えに伝承されてきているため、正確に伝えていくことの難しさを感じます。
楽しい点は、集落の子どもたちから年配の方などみんなでワイワイお祭り前から集まって話をしたりすることです。
40分にわたり演じられるその物語は、雄獅子(父)と雌獅子(母)と子獅子の3匹の獅子が繰り広げる話で、両親が仲たがいし、子を奪い合い隠すというという人間社会のようなストーリーがあります。時間が長いためかゆっくりとしたテンポで舞うのが特徴ですが、逆にそれが難しいところでもあります。(写真左)

「南片辺まつり」獅子役
坂野要 さん(昭和63年生まれ)

30歳のころから始めたが、最初ははずかしかった。
手駒(木製の馬の頭)を持って舞うが、馬が生きているように動かすのが難しい。
集落にはもともと伝統芸能がなく、何かやろうということで他の地区から習ってきた。そんな芸能だけに、後継者不足が課題だが、正月の門付け芸としてなんとか続けていけるよう頑張りたい。

浜梅津「春駒」舞方
渡辺充 さん(昭和31年生まれ)

獅子は神輿の先陣を切って門付けにまわり厄を払うという役目がある。最近は、町内で参加する人が少なくなってきているのが心配。
昭和の中頃までは、獅子役は、わらじを履いていたので、門付けの際にわざとわらじに泥をつけて、家の中まで上がり込んで足跡をつけることもあったが家の人は、嫌がらずに、ありがたいことだと言っていた。
それは、わらじの跡が、小判の形に似ていたことから、獅子が小判を置いていってくれた、縁起が良いということらしい。そう言った祭りの文化を残していきたい。

「相川まつり」獅子組
伊藤雅光 さん(昭和23年生まれ)

赤澤涼 さん
2015年に、「ちとちんとん」保存会のメンバーに誘われて会に入りました。
今は太鼓を担当し、祭りにも参加しています。
太鼓は、舞手の動きにあわせてテンポを微妙に変えて打つことで一体感が生まれるので、そこを注意しながら打っています。
佐渡の中でも珍しい芸能なため毎年、楽しみにしてくれている人がいるのでやりがいがあります。

宿根木「ちとちんとん」太鼓役
赤澤涼 さん(平成6年生まれ)

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